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御祈願は雷神社へ

〒289-2616 千葉県旭市見広1371番地

或る商人の死HEADLINE

 岩井五本松から銚子街道は、番匠山を過ぎると野尻村まで山続きで、道幅は広いが草が生い繁って、ほんの人が通る所だけ土が見えるのみでありました。ある朝のこと、一人の男が利根川岸に用事があって朝早く番匠山の出はずれを急いで行くと、草むらの中に人が寝ているので近づいてみると、中年の男が殺されていました。短刀か何かで、横腹をさされて絶命していました。驚いた男は岩井の村に飛んで帰り、名主に知らせました。その村の地先に変死人などがあると、その村で始末しなければならなく、村役人など多勢あつまり検屍の役人なども来ました。役人の話では、物盗りが目的で懐中の物はなく、死人の身元はわかりませんでした。多勢の人が、がやがや騒いでいる時、一人の若い男が息せき切って駈けて来て、人々をかきわけて死人をのぞいて、「おゝ兄貴だ、やっぱりそうだったか」と死人にとりつくのでありました。役人達は男に聞くのでありました。語る話によると、香取郡もずっと西の方の村の人で、死人は若い男の兄だということで、昨日銚子へ干鰯の仲買に行くと家を出たのであった。夕べのこと、俺が寝ると兄貴がしょぼり帰ってきて黙って佇っているので、如何したときくと、金をとられてしまったというかと思うと、表の雨戸がどんと大きな音がして目が覚めた。今のは夢であったが、これはもしかしたら正夢で、兄貴は大金をもっているので殺されはしないかと、不吉な予感がした。それから眠れず、夜の明けぬうちに家を出て来たということでありました。  身元がわかり、名主や役人達がほっとして死人の顔を見直した時、死人の顔にさっと赤味がさした。居合した人々は、ひどいものだ、身内の者が来たので赤くなったのだと語り合うのでありました。