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御祈願は雷神社へ

〒289-2616 千葉県旭市見広1371番地

兄を呼ぶ声HEADLINE

 幾つかの谷間谷間の水が落ち合って、ここまでくると水かさも増して、流れも急なので、どうどうと音を立てて流れているが、篠竹や葛の蔓などが生茂って、橋の上に立っても水面は見えない。ここは岩井村より野尻村へ行く中程の処で、人家もなく人通りも稀で、昔から淋しい処でありました。 おたまさんは、どうしても行くのが嫌だと言って、橋の近くまで来たときは道に座ってしまいました。兄の八蔵は、いやがる妹のおたまさんをなだめたり叱ったりしながら、岩井から長い時間かかってここまで来たが、お玉さんはここで座ってしまい、草にしがみついて動かなくなってしまいました。おたまさんは岩井村の者で、今年二十三になりました。十三の時両親に死なれ、兄の八蔵と二人になってしまいました。他家に奉公などしていましたが、兄の八蔵は四つ上で、酒を飲んだり博奕を打ったりのならず者になってしまいました。博奕に負けておたまさんを、同じ博奕打ちに嫁に出したのでありました。おたまさんは赤塚村の嫁ぎ先が嫌で嫌で、三度も逃げ戻りましたが、その度に送り返されるのでありました。今度こそはどうしても行かないという妹おたまさんを、無理やり連れてきましたが、道に座ってしまったので、怒った八蔵は刀を抜いて切殺してしまい、川の中へ突き落としてしまいました。 その後、その川の中より日和の変わり目の夕方や小雨の降る日など、兄を呼ぶ 「せなあーやー せなあーやー」という声がすると噂が立ち、此処を通る人々は淋しがりました。   
 長年こうした話が伝わっていましたが、或る年の暮に岩井村のお坊さんが、利根川岸の村に用事があって遅くなって此所を通りかかると、水音が聞こえてくる処まで来た時「せなあーやー」と呼ぶ声がかすかに聞こえてきました。 「人の話に聞いてはいたが、成程真実であったか、可愛そうに成仏できないであろう」と橋の上に座して、一心に長い間お経を唱えました。それからは兄を呼ぶ声はしなくなったということです。いまでも、せなあーやーの川と、この辺りの川を称しています。