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御祈願は雷神社へ

〒289-2616 千葉県旭市見広1371番地

雷神石と船魂様HEADLINE


 高神村の漁師の弥平は村一番の働き者だ。その上、浜は連日イワシの豊漁で、網を入れれば船に揚げきれないほど魚が獲れ、暮らしに困ることは無かった。 弥平にはまだ嫁がない。母親と二人暮らしだ。父親は三年前の大時化で死んでしまった。だから、母親はいつも弥平のことが心配でならないのだ。一人で漁に出る弥平が無事で帰ってくるように、高台の渡海神社と港の大杉神社を毎日拝んでおった。  正月の七日の朝、漁師らは三社詣りに出た。東大社、豐玉姫神社と見廣村の雷神様に、毎年豊漁と漁の無事を祈る慣わしになっている。この三社は昔、この浦が地震と大風・高波に襲われた時、御幸して鎮めてくれた神様だから、今でも皆でお参りに行くことになっている。 弥平等が、橘村の東大社と良文村の豐玉姫神社を参拝し、雷神様に着いたのは、昼近くになった。祈祷を受け無事お参りも済まし、神社の相撲場に座り、てんでに握り飯食った。弥平が尻に敷いていた手拭を持ち上げると、一寸ばかりの扁平な玉石があった。気に留めるほどもないただの石ころだが、 「何かのご縁だ。船魂様として船に祀っておこう」 と思い、御札と一緒に懐に入れて持ち帰った。母親は大層喜んで、崖下の清水で玉石を洗い、弥平の船に祀って息子の無事を祈った。  ある日、弥平が海に出ると、何度網を入れてもイワシがかからない。イワシばかりか雑魚一匹獲れない。朝から風もなく、波も静かで良い日和なのに、不思議なこともあるもんだ。  そろそろ潮時で、今日は漁をあきらめて帰ろうかと、何度目かの網をあげだすと、舳先の方でことこと、ことこと、と音がする。行ってみると、雷神様で拾った玉石が、船が揺れてもいないのに、動いて音を立てている。妙なことだと玉石を見ているほどに、水平線に黒い雲が湧き出し、そっちから風が吹きだした。おやっと思っている間に、どんどん雲は広がり風も波もたってきた。  弥平は、手早く網を上げると、大急ぎで船を漕いで港に帰ってきた。港に着いた頃には、波は岩場を越え大荒れ、風は漁師の家の屋根を吹き飛ばそうというほど強くなった。やがて稲妻が空を切り裂き、大雨が降り出したが、仲間の船は帰ってこない。弥平は、雷神様の玉石を握り締め、犬若の岩場に登り沖を見た。漁船が幾艘も波に揉まれているのが見えた。 「雷神様、皆を守りたまえ」 弥平はそう叫んで、玉石を海に向かって思い切り投げ、一心に 「雷神様、雷神様、雷神様……」と叫び、祈った。 すると、次第に雷はおさまり、雲間から光が差して波も治まり、仲間の漁船も港に帰ることができた。  弥平は、仲間の漁師に今までのいきさつを話すと、皆は 「海が荒れるのを雷神様が教えれくれた」と口々に言い合い、雷神様にお礼参りに出かけた。  それからというもの、雷神様の正月参りの時には、境内の玉石を拾い、密かに船の守り神として祀る漁師が多くいたということだ。  いつのことからか、玉石は雷神石(らいじんせき)と呼ばれ、一年間船に祀られ、翌年の正月参りの際に雷神様の境内に帰し、新しい玉石を拾って帰るようになったということだ。