むかし、むかしの話です。毎年六月になると、岩井村では秩父の三峯山へ講中の内から代参が行くことになっていました。 祇園祭をすませてすぐ立つのが例で、或る年のこと、一行四人は秩父に着いて、あと三峯まではもうじきであるので、その内の一人某が髷がくずれたので、髪結にかかることになりました。 床屋が「どんな髪に結いますか。フウーにしましょうか」と聞くので何気なしに某は「そうしてくれ」と言ってしまった。 髪が出来上がり、一行四人は三峯神社に参拝し、それより甲府に出て、それから富士山に登るつもりで、三峯の奥宮より八里八丁の雁坂峠にかかりました。一行のうち某は体も大きく堂々としており、また男前でもあった。何処かの親分が子分をつれての道中のようでもありました。いよいよ峠も半ばにかかった頃、不意に薮の中より人相の良くない荒くれ男達五、六人が出てきて道をふさいだ。 「おい、ここは有名な雁坂峠、知って通ったか、知らずに通ったか、俺様らは物盗りだ。四の五の言わずに身ぐるみみんな置いていけ」とすごんだ。某はずかずかと三人をのけて前に出て「何をぬかす。こいつら」と言いつつ大きな腕をまくった。ひょいと顔を見た山賊どもは、大きな身体のそれも男前な、そして水際だった見事な髷を見ておどろいた。中の一人が「フウーだよ」とささやいた。 「これは誠に失礼申し上げて申訳ありません。何卒かんべんして下さい。これでどうかおゆるしを」、といひながら胴巻を取出して一行の前に置き、一目散に逃げていってしまいました。狐につままれたような一行四人は、兎に角胴巻を貰うことにして甲府の町に着きました。旅籠屋に着いてフウーという髷はどんなわけかと聞いたら、この辺では大親分衆の結う髷のことだと聞かされて驚いたり、とんだ大もうけをしたので、一行は大笑いだったということです。